レポート:小池良次
100日毎に倍増するインターネット・トラフィック。比価級数的に成長を続けるネットワークを相手にするインターネット・ビジネスでは強力なネットワーク・パワーを持った者が勝利を納める。この点に着目し高い技術力を背景にユニークなサービスを展開しているのが技術ベンチャーのインクトミ(Inktomi)だ。今回は同社のトラフィック・ビジネスを追ってみよう。
インクトミ社は1996年2月、カリフォルニア大バークレイ校の研究者エリック・ブレワー(Eric Brewer)とポール・ガゥシア(Paul Gauthier)がスピンアウトして設立した。現在、同社はサーチ・エンジン、ネットワーク・キャッシング、ショッピング・エンジンの3商品を持っている。このラインナップを見れば分かるとおりインクトミの狙いは、巨大なインターネット・トラフィックを舞台としたビジネスだ。まずは、同社の名を世に高めたサーチ・エンジンの秘密を見てみよう。
当時、検索サイトの限界に関心が集まり始めていた。たとえばカーネギー・メロン大学のロボット工学研究所から生まれたサーチ・エンジンのパイオニア、ライコスは、メインフレームを中心とした大型システムで、効率を上げるため検索ロボットは最初数百字を読んでインデックスを作る。そうした工夫をしても増え続けるウェブにライコスは十分に対応できなくなっていた。同様の現象はほかの検索サイトでも見られ、アルタ・ビスタだけが巨大化するウェブになんとか対応していた。
そこに登場したのが並列コンピュータ技術を核にしたインクトミだった。インクトミはヤフーなどアルタ・ビスタの顧客を浸食しながら、マイクロソフト・ネットワーク、NBC社のスナップ、アットホーム・ネットワーク、NTTのGOなど著名な検索サイトを次々と顧客に加えて行く。
インクトミ製サーチ・エンジンの秘密は並列コンピュータを基礎としたNOWs(Networks of Workstations)技術による。サーチ・エンジンは検索ロボットが集めてくるウェブ情報を巨大なデータベースにまとめあげてきた。大量の情報をインデックス化するためには巨大なコンピュータ・パワーが必要でメインフレームなど大型システムをベースにしている。インクトミの競争相手、アルタ・ビスタは各ウェブ・ページを全部読んでインデックス化するフル・テキスト・インデックスが売り物だが、その容量は3000万ページで全ウェブの約6割(推定)しかカバーできない。これは現在のウェブが巨大すぎて大型システムでも対応しきれないからだ。
インクトミは、いくつものワークステーションを並列に組み合わせて処理するNOWsで、この問題を解決している。大量の情報はそれぞれのワークステーションに分散させて処理するので、処理能力はワークステーションを増やせばどんどん拡張できるからだ。今後ウェブが増えれば、ワークステーションを増やすだけで対応できる。こうしてインクトミは約5000万ページと、サイト・エンジンでは最大の規模を誇っている。
またメインフレームなどの大型システムに比べれば、ワークステーションは格段に安いのでシステムを安く構築できる。また仕事を振り分けているので、もし一部のワークステーションがダウンしても処理能力が低下するだけで、システムが停止することはない。これはシステムを停めずにアップグレードや保守できることにもつながる。
こうしてみると他社もNOWsを導入すれば良いように思える。しかし他社が追従できないように、そこにはインクトミ独自の工夫がある。一般に並列処理ではワークステーションを結ぶネットワークが遅いため高性能化ができない。スーパーコンピューターの内部スピードはプロセッサー当たり20から200Mbpsと高速だ。それに比べ一般のイーサ・ネットは1Mbps/node程度、100baseTでもプロセッサー当たり10Mbpsが限度だ。つまりスーパーコンピュータ内なら10ミリ秒かからない所が、ネットワーク経由だと500ミリ秒も掛かってしまう。これがNOWs最大の問題だった。
そこでインクトミは独自の超高速ネットワーク「Myrinet」を開発し、プロセッサー当たり160Mbps、12ミリ秒の高速処理を可能にしている。この技術が同社NOWsの要といえる。
この巨大なコンピューティング・パワーはサーチ・エンジンばかりでなくホーム・ページの出版管理にも利用されている。たとえばホットボットのためにインクトミは「Audience 1」という出版管理システムを構築している。Audience 1はユーザーの基本情報に合わせてひとりひとり適切なホームページを提供する一種のデータベース・パブリッシング・システムだ。
その特徴は大きく3つある。最初がSQLというデータベース特有の問い合わせ言語をサポートし、一般に使われているデータ・ベースと容易に接続することができる点だ。2つ目はブラウザーの種類を識別し、その機能に適したホームページを作成して提供する能力だ。これは古いブラウザーを使っているユーザーにもストレスを与えずにコンテンツを提供できる。3番目はダイナミック・タブに対応している点で、マルチ・スレッドやロング・レータンシィなど、より高機能なウェブ・サービスを提供できる。
さてインクトミのサーチ・エンジンに対する課金方法は毎回のサーチ料金および広告収入の一部となっている。つまり検索サイトをより多くの客が利用し、また広告収入が増えればインクトミも利益が増えると言うわけだ。しかし、これはインクトミの売上げが顧客の浮沈に大きく左右されることを意味する。現在は首位に立っているインクトミだが、検索サイトの競争は激しく、将来に渡って安定したビジネスとなる保証はない。実際、アルタ・ビスタは独立を契機にインクトミ追撃を開始している。いつ優秀な技術が登場し、首位の座を明け渡すことになるかはわからない。こうしたところからインクトミは製品多角化を急速に進めている。
インクトミが次に商品化したのがネットワーク・キャッシング「Traffic Server」だ。
現在もインターネットの回線需要は急速な伸びを続けている。米国ではT3(45Mbps)市場が毎年倍増しており、バックボーン大手のUUNetは毎日百万ドルを回線拡張に投資し続けている。同社はバックボーンをOC-12(622Mbps)にアップグレードする一方、企業向けにOC-3(155Mbps)さえ販売している。
この巨大な回線需要は純粋な需要増ばかりでなく、ネットワーク自体の不経済性もあるといえる。たとえばヤフーやネットスケープなど著名サイトをホスティングしている大手ISPやインターネット・データ・センターはティア・ワン・プロバイダーと呼ばれるナショナル・バックボーンとプライベート・ピアリングを縦横に張り巡らせている。そのため本来地域内で処理できるルーティングまで最上層のナショナル・バックボーンに頼る傾向が増えている。
またトラフィックの多くは著名サイトに集中する傾向にあり、同じネットワークはユーザーの希望に合わせて何度も同じコンテンツを運んでいる。しかもニュース・サイトなどでは、ページを更新するたびに広告を何度も広告サーバーに取りに行く。そのほか納税時期には納税申告書をIRS(米国の国税局)からダウンロードするユーザーが集中するし、大統領選挙などでは、CNNなど速報するメディア・サイトにアクセスが集中する。
こうしたところから利用率の多いコンテンツをISPのサーバーなどに一時的に蓄積してユーザーの問い合わせに応じて提供するキャッシング技術が注目されている。
ネットワーク・キャッシュはユーザーとオリジナル・サーバーの間に位置する。ユーザーが特定のサイトを見ようとすると、そのリクエストはまずキャッシュ・サーバーに行く。もしそのページが蓄積されていればキャッシュ・サーバーは、その情報をユーザーに返す。もしなければリクエストをオリジナル・サーバーに送り、コンテンツを受け取る。そしてキャッシュ・サーバーはユーザーにコンテンツ情報を送ると同時に、そのコンテンツのコピーを蓄積し、次のリクエストに備える。
こうしてネットワーク・キャッシュを導入した企業やISPは回線需要を減らすことができ、回線費を削減できる。またユーザーはバックボーンの混雑に悩まされず、素早くコンテンツ情報を得られる。そしてバックボーン全体の負荷軽減に結びつく。インクトミの調査ではネットワーク・キャッシング導入で回線維持費用が約16%削減できるとしている。
ただネットワーク・キャッシングもいくつかの留意点がある。一つは情報の鮮度を保つことだ。オリジナル・サーバーのサイトが書き変わっているにも関わらず、キャッシュ・サーバーが古い情報を流し続けることもあり得るからだ。そこでキャッシュ・サーバーは情報を蓄積する時にヘッダーをチェックし情報の鮮度設定を行う。たとえばアクセスする個人に合わせて違うホームページを生成するパーソナライズ・サイトではネットワーク・キャッシングが短期間しかコンテンツを保持できない。
またちゃんとした設定を行わないとユーザーとオリジナル・サイトとのインターラクションを壊してしまう。たとえばインクトミのキャッシュ・サーバーを導入したISPのダイジェックス(Digex)社はグレイム・パブリケーションズ(Gleim Publications)社から訴えられた。これはグレイムのECサーバーで買い物をしようとした客がサイバーキャッシュを利用できない事態に陥ったからだ。この事例はネットワーク・キャッシュ自体が問題ではなく、その設定が不適切だったことによる。
コラボラティブ・リサーチ社の調査によれば今年8割のISPがキャッシングの導入を計画しており、企業では56%に達している。こうした需要の拡大に応じてキャッシング製品はハイエンドの大型システムから中小企業向けの小型製品まで様々な種類が出回っている。
ネットスケープ社のプロキシ・サーバー、マイクロソフト社のプロキシサーバーは3500ドルから2万ドル程度のレンジで中堅企業やISPを対象にしている。一方、通信事業者や大企業を対象にしたものではキャッシュフロー(CacheFlow社)やネットキャッシュ(Network Appliance社)、キャッシュ・エンジン(Cisco Systems社)などがあり9000ドルから6万5000ドルとなっている。そして小企業向けとしてはキャッシュキューブ(Cobalt Micro社)が2000ドル前後のシステムを出している。
インクトミのトラフィック・サーバーは、トランスパレンシー・タイプを特徴とし、CPU当たり1万9995ドルとハイエンド向けに属している。同製品はケーブル・モデムISPのアットホーム、アメリカ・オンライン、地域電話会社のベル・サウスなど本格的な通信事業者が導入している。
インクトミがサーチ・エンジン、ネットワーク・キャッシュに続く第3の柱として狙っているのがショッピング・エンジンだ。そのため1998年9月、インクトミは9000万ドル(株式交換方式)でショッピング・エンジンのC2B社を買収している。
このショッピング・エンジンは別名ショッピング・エージェントとも言われる。パイオニアとしてはJangoが有名だ。同技術を開発したネットボット(NetBot)社はエキサイト(Excite)に買収され、エキサイトの中でプロダクト・ファインダーとして人気を集めている。またアマゾン・コムに買われたJangleeもパイオニアとして有名だ。最近ではインフォシークが買ったQuandoや独立系のマイサイモン(mySimon)もある。ショッピング・エンジンは基本的にショッピング・サイトを回って値段や商品情報を収集しユーザーが比較しやすいようにカタログ化するサービスだ。
またショッピング・エンジンは検索サービスと違い特定少数のショッピング・サイトを回って情報を集める。たとえばマイサイモンでは約800サイトを巡回して情報を収集するだけなので、ショッピング・エンジン上で一番安いからといって、インターネット全体で最も安いとはいえない。
ショッピング・エンジンのビジネス・モデルはまだ確立されていないが顧客をショッピング・サイトに誘導することで課金する方向に進んでいる。これはオンライン・ショッピングのユーザーが極めて能動的で、ショッピング・エンジンが顧客を誘導すれば高い率で商品販売が成立すると予想されているからだ。
たとえば民間調査機関のジュピター・コミュニケーションが5000名のユーザーを対象に調査したところによれば、オンライン・ショッピングをしたユーザーの77%は初めから何を買うかをきめている。そして79%のユーザーは2つ以上のサイトを比較検討している。
この誘導課金の例としてマイサイモンがある。マイサイモンから訪問したユーザーがショッピングをした場合、同社はその売上げの2〜5%をコミッションとして貰うほか、ショッピング・サイトからの広告で収入をあげる仕組みになっている。
この誘導課金モデルが本格的なビジネスに発展するかはまだ分からない。実際、インクトミもC2Bを買収したが、まだ具体的なビジネス・モデルを模索しているとして、本格的な展開は始めていない。
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こうしてインクトミ社の戦略を見ていると同社はトラフィックに関わる技術を中心にビジネスを展開していることが良く分かる。それはサーチエンジン、キャッシング、ショッピング・エンジンと、インターネットの中で最も競争の激しい分野でもある。そうしたところから同社は98年9月現在で累積債務が3630万ドルに達しており、黒字にもなっていない。これは1220万ドル(1998年)も研究開発費に投じているほか、広告宣伝費にも多額の費用を掛けているためだ。
同社は黒字に転換するのか。また今後も高い技術力を維持して新市場で業績を伸ばせるのか。業界では技術ベンチャーのトップとして同社にますます注目が集まっている。
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