レポート:小池良次
電子政府(E-Government)政策は、ブッシュ大統領が発表した5大行政改革のひとつだった。それまで各省庁が独自に電子政府の取り組みを進めていたが、ブッシュ大統領は初めてOMBと言う横断的なIT組織を設立、年間10億ドル(約1220億円)以上のコスト削減を目指している。また、カリフォルニア州やワシントン州を筆頭に各州政府も政府業務の電子化に力を入れている一方、地方自治体は電子化の重荷に苦しんでいる。今回は、米国の電子政府について追ってみよう。
+++++++米国は最先端の情報通信技術を誇るが、行政機関による情報投資は、意外に積極的でなかった。たとえば、地方自治体の情報通信関係予算は、1.5%程度に過ぎない。480億ドル(約5兆8500億円)という世界最大のIT投資予算を誇る連邦政府でさえ、全体に占めるIT予算は2.5%程度でしかない。全予算の約8%を情報投資に回してきた米国の民間企業とは大きな差ができている。(注1)そのため連邦政府レベルでは、メインフレームと作り込みソフトによるレガシー・システムが幅を利かせ、地方公共団体では、いまだタイプライターと書類キャビネットによる情報管理が生き残っている。こうした行政の非効率性は以前から指摘されており、クリントン政権から始まった電子政府構想は、現ブッシュ政権でも重要な課題として引き継がれてきた。しかし、行政の電子システム導入は、なかなか進まない。
また、各行政レベルに応じて、抱える問題は違う。もっとも活発な連邦政府レベルでは、国防総省から連邦通信委員会まで、多種多様な機関がそれぞれ独自のやり方をとり、電子政府化により連邦政府全体レベルで「仕事のやり方を変更する」ことに大きな抵抗がある。たとえば、2002年10月にDOE(Department of Energy)が連邦政府の電子署名システムを発表した。しかし、国防総省など各省庁は、既に独自方式の電子署名を導入しており、DOEの方式に統一するためには、今後多くの調整と説得が必要となる。この官僚主義が、連邦政府の電子化を阻む最大の壁と言われている。
一方、郡や市町村など地方自治体は、IT化の予算と人的資源の不足に悩まされている。地方自治体は多用な業務をこなすが、ほとんどの自治体は予算不足に悩んでおり、ホームページの更新もままならない。もちろん、本格的なコンピュータ・システムの導入や更新には腰が重い。また、田舎の自治体とニューヨークやシカゴといった大都市では、行政の規模や性格も異なってくる。こうした大都市は、本格的なIT化の必要性も高く、連邦政府からの資金支援も大きい。たとえば、犯罪など治安対策が重要なシカゴ市では最近、警察業務にオラクル社の大型データベースを導入した。複数のストリート・ネームを使っている容疑者を特定したり、その行動範囲から居住地域を割り出すと言った捜査が短時間にできるようになり、実際に犯罪者の捕獲率が上がった。ただ、こうした大都市でさえ、徐々に電子政府化を進める州政府や連邦政府に足並みをそろえるほどの力はない。
地方自治体と連邦政府の中間に位置する州政府は、電子政府で有利な位置にある。連邦政府ほど官僚主義がきつくなく、しかも地方自治体より予算的にも人材的にも恵まれているからだ。たとえば、マイクロソフトの本社があるワシントン州は、5000万ドルの予算をかけ、電子政府システムを導入した。本格的なオンラインによる納税システムは、既に25万人が利用し、月間22万件の納税処理のうち約18%がオンライン化された。
また、アウトソース・サービスを利用する州政府も多い。たとえば、電子政府を専門とするNCI社はアーカンソー、ハワイ、アイダホ、モンタナ、テネシーなど17州の電子政府ポータル・サイトを管理している。同社の行政ポータルには、年間延べ4億2500万の訪問者があり、その処理件数は5200万件(2001年)に達している。運転免許の発行管理や各種商業免許、商標登録や犯罪記録管理、そして法人および個人税務処理など、同社は州や地方自治体が必要とするサービスをパッケージ化して提供する一方、各ユーザーの要望に応じて、265件のオンラインサービス(2001年)を構築している。興味深いのは、普通のアウトソーシング契約のほかに、同社はレベニュー・シェアー(利益分割)契約も提供している点だ。これは行政ポータルの構築と運営費用をNCIが引き受ける代わりに、運転免許証の発行など各業務処理の手数料を一部NCIが貰う形式だ。レベニュー・シェアー契約では、導入する行政機関がシステム導入に大きな予算を汲む必要がなく、NCIも安定して収入が入ってくる。
もちろん、各種パッケージソフトを購入して、独自のシステムを構築してきた州や地方自治体も多い。たとえば、EzGov Inc.社は、行政向けITインフラおよびソフトウエアの販売を行っている。また、同社はホスティング・サービスを展開しているため、NICの競争相手としても有名だ。ただ、行政向けパッケージソフトでは、ピープル・ソフトが最大手と言われる。人事管理や調達管理など個別の行政向けソフトウェアのほか、行政の予算管理などのコンサルティング・サービスを手がけている。
次に連邦政府レベルに移ろう。電子政府は、ブッシュ大統領が2001年8月に発表した5大行政改革(President's Management Agenda and Performance Plan)の一つとして、重要な位置をしめる。そして、ブッシュ政権は電子政府の推進役として、各省庁のIT投資を総括的に管理するOMB(Office of Management and Budget)を初めて設立した。初代、OMBのディレクターには、マーク・フォアマン(Mark Forman)氏が就任している。彼は、民間企業におけるCIO(情報戦略最高責任者)に当たる存在で、OMBは、連邦政府が進めている400件以上のITプロジェクト(総額は約100億ドル)を監視している。また、OMBは2001年8月9日に電子政府戦略を立案するため、46の省庁から81名のメンバーを集めイーガバメント・タスク・フォースを設立し、今年の2月に報告書を発表した。以下、同報告書を中心に連邦政府の問題と電子政府の方向性を見てみよう。
同報告書は、各省庁の担当者にインタービューを行い、電子政府を実現するための方向を模索した。こうしたリサーチの結果、OMBは「ITシステムの目標設定ミス」「技術の利用方法ミス」「システムの断片化」「官僚主義」と言う4つの壁が電子政府の構築を阻んでいると結論づけている。
まず最初の壁、「ITシステムの目標設定ミス」(Program Performance Value)は、現在のシステムが、必ずしも市民が使いやすいシステムになっていない反省からきている。たとえば、国防総省は湾岸戦争に際して、各種調達や支払いで大きなトラブルが続いたため、電子システムのアップデート行った。具体的にはDISA(The Defense Informatin Systems Agency)社が、システムの改善および再構築を行い、現在では1日140万件の業務処理を行なっている。この場合、システムは戦争をスムーズに遂行できることを目標にしており、他の省庁との情報共有などは検討されていない。
このように省庁レベルで、独自にシステム構築やアウトソーシングを行ってきたため、市民をベースとする電子政府の目標と一致しない。つまり構築時の目標設定が間違っていたと言うわけだ。OMBは、今後、連邦政府全体を視野に入れたITシステム基盤を構築し、政府全体のバランスを取りながら、各省庁のシステムを検討することになる。
二つ目の壁、「技術の利用方法ミス」(Technology Leverage)は、ITシステムが既存業務の自動化に力を入れすぎた反省による。過去、連邦政府はインターネットによる情報公開やサービスの提供を進めてきた。たとえば、教育省(Department of Educations)は、学生向け奨学貸付の申請をオンライン化する一方、内務省(Interior Department)は、レクリエーション情報のポータル・サイトを構築している。また、財務省(Treasury Department)は税の申告や法人給与報告などのオンライン化を狙い、納税審査の正確化、コストダウンをはかっている。このように個別に構築された連邦政府のウェブ・サイトは既に2万2000以上にのぼり、ページ数は3500万ページを遥かに超えている。(注2)こうした既存のサイトは、自動化を目標にしており、作業時間を短縮できるが、作業や条件を一定の枠にはめることになり、それぞれの状況に応じた適切な結果が出てこない弊害がでた。同報告書では、1990年代のこうした風潮を批判し、より柔軟で知的なシステムを目指すべきだとしている。
三番目の壁、「システムの断片化」(Islands of Automation)は、多くの民間企業でも耳にする問題だ。連邦政府のITシステムは、約19の省庁(Departments、Agencies)にまたがり28系統(人事管理や保険、出張管理など)の業務が動いている。これらのうち、人事管理、経理、調達、出張管理、物流、経営戦略などは、すべての省庁で重複している。また、連邦政府内で使用されている各種フォーマットは1000種類を超えている。つまり、それぞれの省庁が独自にシステムを入れたため、規格やフォーマットが複雑で多岐にわたる一方、多数の重複部門ができたわけだ。今後、フォーマットの統一を行ない、システムの重複をなくすことなしに、コストの削減や情報の共有化と言った電子政府の実現は不可能だとしている。
そして、同報告書で最大の問題だと指摘しているのが、4番目の壁、自分たちの流儀にこだわる官僚主義だ。たとえば、前述の国防総省のシステムは、戦争遂行を目的としたもので、市民への情報公開と言ったことは、システムの制約条件にほかならない。こうした作業手順の変更や情報共有への不信、カスタマイズの要望など、省庁独自の文化を守ろうとする動きは強く、OMBの目指す効率的なシステムの導入や運営は、なかなか進まない。
OMBは、こうした壁を破るために電子認証イニシアチブ(e-Authentication initiative)と電子政府基盤プロジェクト(the E-Goverment Architecture project)の二大プロジェクトを提案した。
情報システムを共用するためには、省庁間で安全・確実に情報を取り扱えなければならない。そのためにもっとも重要となるのが認証システムだ。認証と電子署名を使って「一般に公開する情報」「他の省庁と共有する情報」「内部だけで利用する情報」を区別し、安全に運用できる環境を目指すのが電子認証イニシアチブだ。
一方、電子政府基盤プロジェクトは、その名の通り、全連邦政府レベルでの情報システム・アーキテクチャーを構築する。これは、全連邦政府レベルで共有するコア・アーキテクチャーを構築するとともに、全体レベルから効率利用の可能性を追求する。効率利用は「ホームランド・セキュリティー」「経済促進」「社会サービス」「基幹業務」の4つの観点から検討することになる。
この観点のなかでも目新しいのが、2001年9月11日の同時多発テロ事件を契機に生まれたホームランド・セキュリティーだ。これは、国家安全保障を拡大解釈した概念と言える。従来の安全保障は、国と国の戦争状態を想定した軍備や情報探査網の整備、国際外交のあり方などに対処していた。しかし、市民を直接目標にしたテロ事件では、こうした従来のやり方は役に立たなかった。特に、FBIなどが事前にテロ活動家に関する捜査を行っていたにも関わらず、関係する省庁や責任者に情報が提供されず、大事件に到ったことは、大きな反省となった。政府のIT予算は2002年度の480億ドルから今年520億ドルへと拡大したが、その多くはセキュリティーなどのテロ対策投資によると言われている。いまや、ホームランド・セキュリティーは、米国の電子政府政策に置いて重要な柱となっている。
またOMBは、連邦政府を横断的にまとめる電子政府を実現するために、つぎのような戦略を設定した。
1)連邦政府を横断するシステムの速やかな構築を目指し、最大の報酬を支払う
2)市民中心の電子政府構築を阻害する要因の洗い出しとその克服策の立案
3)行政サービスおよび情報の統合と提供を保証する技術基盤の構築
そして、OMBは全連邦政府をまとめることにより実現できるサービスを、G2C、G2B、G2GそしてIEEと言う4つの分野に分けて示している。まず最初のG2C(Government-to-Citizens)は、個人および市民レベルで簡単に政府の情報やサービスを利用できることを目指す。具体的にはローンや各種優遇処置、教育材料、リクリエーション施設案内などの情報をウェブを通じて提供する。
次にG2B(Government-to-Business)は、企業を対象に電子化・オンライン化を進めることで政府が作業負担を軽減させることを狙っている。対象は、各種規制、各種優遇処置、各種商業ビジネス情報の提供や事業免許の申請・更新、各種ローンの審査など多岐に渡る。
一方、G2G(Government-to-Government)は、連邦政府、州政府、地方自治体の情報共有化や報告機能の合理化を目指す。これは各種経済政策における連係や各種情報資源の共有、治安維持、警察組織の連係、災害対策の協調など様々な面に渡るが、もっとも難しい分野でもある。
そして最後がIEE(Internal Efficiency and Effectiveness)、つまり連邦政府内の業務効率を向上させることだ。これについては、既に一般企業で利用されている調達管理システムや人事管理システムなどを大幅に導入する。その理由は、特注システムを構築すると費用面でも時間面でも高くつくこと。また、既に民間企業で実績のあるシステムを採用した方が、確実なことがあげられる。
このようにOMBは、電子政府を構築する推進役として活動しているが、具体的な成果は当分先となりそうだ。これはOMB自身の問題と言うより、連邦政府と議会の政治的駆け引きが影響している。OMBは、電子政府の青写真をつくり、その実現のために次年度、24プロジェクトの予算を申請した。しかし、議会は同申請を大幅にカットし500万ドルしか認めなかった。同予算額では3プロジェクトしか実行できず、具体的な成果を期待する方が無理と言える。
とはいえ、米国における電子政府の取り組みは国際的にも高く評価されている。民間調査会社Taylor Nelson Sofresが実施した調査(2002年11月発表)によれば、米国の政府系ホームページにアクセスしたユーザー数は、過去1年間で、24%から43%へ大幅にアップしている。全世界ベースでは4%から26%と15%アップしているが、それを上回る好成績と言える。また、OMBレポートでは、米国インターネット人口の6割が何らかの形で政府系サイトにアクセスしているとの報告もある。ちなみに、同調査で日本は17%から13%へとユーザー数が減少する悪い結果となっている。
こうした背景から米国では電子政府の発展モデルに関する議論も活発だ。たとえば、データベース大手オラクルのジョエル・チャーキス(Joel Cherkis、E-Business Technologist)氏は、電子政府の発展段階を「標準化(Standardization)」、「統合化(Integration)」、「変身(Transformation)」、「融合(Consolidation)」、「協調(Collaboration)」と言う5段階に分けている。これは、フォーマットや技術を標準化することからネットワーク化に進み、つづいてシステム全体が構造的に結びつく段階へと進化する。そして最後はシステム自体が融合し、部門に捕らわれない、全体的な最適化と協労環境を形成すると言うシナリオだ。
一方、IBMのトッド・ラムゼイ(Todd Ramsey、GM of global government industry)氏は、行政サービスの側面から4つの発展過程を提唱している。つまり、情報をとりあえずウェブで開示する第1段階。ついで利用方法に応じて情報の整理し、質疑応答形式を利用しながらオンラインで効率よく利用者に提供するのが第2段階。そして第3段階では、電子署名やセキュリティ面を整備して、具体的な業務決済処理を実現する。最後の第4段階では、市民も巻き込んだコミュニティーの形成を実現する。この分類方法で考えると、米国の連邦政府は第2段階から第3段階に進もうとしている。また、いずれの発展段階においても、最終的には市民と一体化したコミュニティー・サイトの形成を目標にしている点は、興味深い。
◇◇◇このように米国の電子政府は、OMBが狙う高い目標にほど遠い状況にある。しかし、日本など諸外国に比べると利用する市民側も提供する政府側も高度なレベルで悩んでいると言えるだろう。また、米国式の電子政府が欧州や日本に当てはまると言う保証もない。実際、米国が追いかける「地方自治体から連邦政府までを有機的に結びつける電子政府」構想は、現在の技術力では理想に過ぎないかも知れない。とはいえ、行政機関における情報システムのあり方を考える上で、重要な示唆を米国が与えてくれることは間違いない。