クラウドの「桃源郷」めざすグーグルのOS戦略
レポート:小池良次
米グーグルの携帯端末向け基本ソフト(OS)「Android(アンドロイド)」が快進撃を続けている。米調査会社ガートナーによると、世界のスマートフォンOS市場における2010年4〜6月のシェアは17.2%。米アップルの「iOS」を抜いて、カナダのリサーチ・イン・モーション(RIM)の「ブラックベリー」に次ぐ3位に付けた。10年末にはトップを走るノキア(フィンランド)の「シンビアンOS」を端末出荷数で上回る可能性もある。
グーグルがアンドロイドを手掛ける狙いは、「事業戦略」としては明快だ。主な収益源は端末を対象としたモバイル広告である。当初はアップルのスマートフォン「iPhone」との共存共栄も模索されたが、現在はアップルの広告プラットフォーム「iAd」とグーグルの「Google
Mobile Ads」が直接対決しようとしている。グーグルは収益の大半を占める検索連動型広告に次ぐ重要な新事業と位置づけており、エリック・シュミット最高経営責任者(CEO)は、米紙ウォール・ストリート・ジャーナルのインタビューで「アンドロイド向けアプリケーションと広告の売り上げは将来100億ドルに達するだろう」と強気の姿勢を示している。
一方、グーグルの「技術戦略」という観点でみると、アンドロイドにはわかりにくいところがある。検索連動型広告を主軸とするグーグルは、そもそもウェブブラウザーをビジネスの主戦場と位置づけている。これはネット経由でアプリケーションを提供するクラウドコンピューティングにより、端末やOSに依存することなく長期的な市場の基礎を築くことができるからだ。そうした企業ゴールを考えると、アンドロイドというOSビジネスは古い時代のものに見えてくる。にもかかわらず、グーグルはなぜ新規事業の柱としてアンドロイドを育てているのだろうか。
■ 過渡期をくぐり抜ける現実路線
アンドロイドはオープンソース、クラウド型アプリケーションとの親和性など興味深い特徴を兼ね備えているが、携帯端末や通信事業者に依存する携帯OSであることに変わりはない。古いアンドロイドOSを載せた端末は「最新のアプリケーションに対応できない」「端末事業者との作り込みに時間を要する」といった課題を抱える。グーグルには多種多様な端末と市場に対応するための負担が発生し、現在のようにアップルの「iPhone」やRIMのブラックベリーと戦えるようになるまで、5年という長い年月を費やした。
それでもグーグルが携帯OSに手を染めるのは、技術的な過渡期をくぐり抜けるための現実的な経営判断といえるだろう。最近は「HTML5」という新世代の技術仕様が広がり始めてブラウザーで高度なアプリケーションを利用できる場合もある。しかし、市場にあるモバイル端末や家電はまだ組み込み系OS、組み込み系アプリケーションが主流であり、高機能なブラウザーを簡単に実装できる環境ではない。
現在のところ、アンドロイドというプラットフォームが提供するダウンロード型のアプリケーションは、iPhoneやブラックベリーと大差ない。しかし、グーグルは、ネットワークの高速化と歩調を合わせてデータセンターの高い処理能力を生かしたクラウド型アプリケーションを増やし、アンドロイドの特徴を出そうとしている。たとえば、音声操作や画像検索などのクラウド型サービスがそうで、将来は携帯ウェブサービスを多用した高度な業務用アプリケーションへの対応も考えている。ウェブとの親和性を端末レベル、アプリケーションレベルで高めることが、同社のモバイル広告を支える原動力となる。
アンドロイドで提供する多くのダウンロード型アプリケーションは、いずれグーグルのデータセンターに吸収されることになるだろう。とはいえ、当面は従来型のアンドロイドOSで市場を拡大していくのがグーグルの戦略だ。こうした背景から、アンドロイドは携帯端末だけでなく、手のひらパソコンやテレビ、ゲーム端末など広い分野に拡散を続けている。
■ クロームとクロームOSの関係は
グーグルは08年秋に独自のブラウザー「Chrome(クローム)」を発表した。また、09年夏にはリナックスOSをクロームに付加した「Chrome OS」も発表した。だが、クロームOSは業界関係者に多少の混乱をもって迎えられた。ブラウザーのよさは、多種多様なOSの違いを超えて様々なウェブサービスを利用できることにあるが、OSではその長所が失われてしまうからだ。しかも、グーグルがアンドロイドとクロームOSという2つの選択肢を提供する格好になる。
クロームOSは、ブラウザーのクローム上でアプリケーションを動かすのに必要な最小限度の基本機能だけに特化している。無線やネットワーク機能、高度なカメラなど、ブラウザーに関係ない部分はサポートしていない。おかげで処理能力やメモリー容量が限られた安い組み込み系チップでも素早く起動し、ノートパソコンなどと変わらないブラウザー環境を実現できる。
つまり、モバイル端末メーカーは、2つの選択肢から目的に合わせて選べばいいことになる。アンドロイドを選べば、様々な周辺機器をサポートできるが、それなりのパワーとメモリーが必要となる。クロームOSを選べば、ブラウザーだけに機能を限定する代わりに、軽量な端末でも高度なサービスを利用できる。
この背景には画面サイズが5.5〜10インチ程度の端末分野で製品開発が活発化していることがある。たとえば、電子書籍端末では、アップルの「iPad」のような多目的な端末から、読書だけに特化した米アマゾン・ドット・コムの「Kindle(キンドル)」まで多様なアプローチがある。もし、メーカーがグーグルの提供するブラウザーをベースとした電子書籍サービスの専用端末を作りたいとすれば、クロームOSが最適だろう。一方、iPadのように携帯コンテンツや簡単なパソコン用アプリケーションも利用できるようにしたいと考えるなら、アンドロイドが適切というわけだ。
クロームというブラウザーは、クラウド型アプリケーションというグーグルのビジネスの基礎を提供するために生まれた。独自の技術を盛り込み、ブラウザー上で様々な本格アプリケーションを素早く動かすことを狙っている。また、HTML5に実装される動画再生技術などをサポートしていく。グーグルはクロームに対応したアプリケーションを提供する「Chrome Market」も準備している。
アンドロイド、クローム、クロームOSの関係は一見すると複雑だ。しかし、前述したようにグーグルの事業基盤はブラウザーにある。クロームというブラウザーは、グーグルのクラウド型アプリケーションに最適な環境を実現するため、様々な形で供給されると考えるべきだろう。その一つの姿が、モバイル端末に特化したクロームOSである。クロームの多角展開はクロームOSで終わりではない。すでにグーグルはクロームの別の姿も準備している。それが、「Google TV」だ。
■ テレビを変えるGoogle TV
グーグルが今年の年末商戦に向けて準備を続けているGoogle TVは、端末のOSにアンドロイドを採用しブラウザーにクロームを実装する。アンドロイドは多彩な機能を必要とするテレビやセット・トップ・ボックス(STB)などのハードウエアをサポートし、クロームは検索サービスやインターネット放送、広告などのアプリケーションを表示する用途で利用する。
グーグルの狙いは16万件を超えたアンドロイド向けアプリケーションを活用し、テレビなどの機器をパソコン並みの多機能端末に変身させることにある。米国では、CATV上で数百チャンネルの番組を楽しめるが、Google TVはインターネット上に流通している数十万、数百万の多様な映像コンテンツをテレビに流し込むことで「テレビの概念」を根本から変えようとしている。この目的にはクロームの高度な機能が欠かせないわけだ。その一方で、高度な周辺機器のサポートができるアンドロイドが採用された。
視聴者が見ているテレビ画面に検索機能や広告機能を重ね合わせて表示するGoogle TVは、従来型のテレビを「ネット上の爆発的なアプリケーションやコンテンツ世界」へと変化させる過渡期のサービスといえる。グーグルがパソコンやスマートフォン以外の端末で、ブラウザービジネスを本格展開する初めての事例となるだろう。
グーグルは端末や通信ネットワークに依存しない高度なITサービスを実現することで会社を成長させようとしている。これがグーグル流のクラウドだが、そうした「桃源郷」はまだ実現からほど遠い。そのため桃源郷への道筋としてOSを含めた多種多様なアプローチを繰り返している。
こうしたグーグルのOS戦略は、パソコン時代のOSの常識で考えると勘違いする。OSだけでなく、グーグルが通信パケットの圧縮プロトコルやインターネットの基幹インフラであるDNS(ドメイン・ネーム・システム)の高速化、日本語入力サービスなど、多種多様な分野に手を広げているのは、まさに桃源郷への道を模索する姿ともいえるだろう。
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( 日経ネット 2010年9月掲載 )