グーグル、ベライゾン接触と米FCC委員長の窮地
レポート:小池良次
米グーグルはオープンなインターネットを放棄するのか──。8月初め、「グーグルと米ベライゾン・コミュニケーションズが、ブロードバンドのオープン化を目指すネットワーク中立性議論で合意に達した」というニュースが米国の放送・通信業界を駆け巡った。この報道は、両社から正式な発表がないまま、ネットワーク中立性を推進するグループの反発を呼ぶ一方で、米大手紙までが観測記事を掲載し、業界を超えた騒動となった。8月5日には、米連邦通信委員会(FCC)のジュリアス・ゲナコウスキー委員長による「認めがたい(unacceptable)」という発言まで飛び出し、米国の放送・通信業界は揺れ動いている。
■ 憶測飛び交う合意の中身
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| 6月17日にFCCが公開したブロードバンド規制に関する意見募集の資料。 |
ベライゾン・コミュニケーションズは米国第2位の総合通信会社であると同時に光ファイバー通信の最大手として、米通信業界の利益を代表する。そのベライゾンと、ネットワーク中立性推進派のリーダーともいうべきグーグルが「インターネットトラフィックについて個別合意に達した」との報道を、どこが最初に流したかは明確でない。筆者が調べた限りでは、どうやら大手通信社ブルームバーグが8月3日(米国時間)に配信したFCCの「密室会議」に関する記事が発端のようだ。
第一報がどこから出たにせよ、その翌日(4日)にはインターネットトラフィックに関して両社が合意間近というニュースが専門誌だけでなくウォール・ストリート・ジャーナルなどをにぎわせた。その内容は「グーグルがベライゾンの優先(プライオリティー)配信サービスを採用する」「コンテンツ・デリバリー・ネットワークやVoIP、携帯データ通信など微妙な部分で意見調整をしただけ」「次世代携帯データ通信サービスのオープン化で合意した」といったものだが、どの記事も観測の域を出ていない。本リポートを執筆している現在も、両社からは正式な発表はなされていない。
とはいえ、大手同士の「個別合意」報道は、ネットワーク中立性推進派を大きく刺激した。8月5日にはNew America Foundation、Public Knowledge、Free Pressといった市民ロビー団体が、次々に「もし本当なら両社は消費者保護を忘れ去ったに違いない」「個別交渉ではなく正式な立法過程を踏むべきだ」といった批判的な声明を発表している。ニューヨーク・タイムズの取材に応じたFCCのゲナコウスキー委員長も「インターネットの自由とオープン性を阻害するいかなる合意も認めるわけにはいかない」と厳しい調子で両社の動きをけん制した。
しかし、なぜ両社の交渉のニュースが大騒ぎを引き起こしたのだろうか。その引き金となったのは、FCCが約6週間にわたって行ってきた非公開のミーティングであるようだ。
■ 進まないブロードバンド規制
そもそもFCCのゲナコウスキー委員長はネットワーク中立性推進論者で、ブロードバンド規制の強化に意欲を示してきた。2010年3月に連邦議会に提出された「全米ブロードバンド計画」では、ブロードバンドを放送・通信行政の柱に据え、ユニバーサルサービス基金の改革など既存ルールの見直しを提案している。しかし、委員長の意向に反して、ブロードバンド規制強化は順調に進んでいない。
FCCは6月17日、ブロードバンド規制に関する意見募集を開始した。ブロードバンドサービス事業者を「米国通信法における規制の対象にする」という重要な変更を国民に問うためだ。この変更がそのまま適用されると、インターネット接続サービスは電話と同じレベルの厳しい規制の対象となる。
この意見募集の背景には、10年4月6日にFCCがコムキャスト裁判(注1)で敗訴し、ブロードバンド規制にかかわる法的根拠が不明になったことがある。今回の意見募集は、法解釈を変更してブロードバンド規制を合法化するための第一歩となる。
しかしFCCのやり方は、CATV業界や通信業界から「ブロードバンドへの投資を妨げる」と猛反対を招いた。法律の解釈を変更し、強引にブロードバンド規制を進めようとするゲナコウスキー委員長の態度に、連邦議員からの反発(注2)も強まっている。
■ 打ち切りになった非公開会議
厳しい逆風にさらされたゲナコウスキー委員長は意見募集と並行して、ネットワーク中立性に関与する大手企業の代表者を集めてミーティングを繰り返した。当事者間での議論によりブロードバンド規制導入の根回しを進める狙いがあったようだ。
このミーティングには、グーグル、スカイプ・テクノロジーズ、ベライゾン・コミュニケーションズ、AT&T、業界団体のNational Cable & Telecommunications Association (NCTA)、法律事務所のホルヒ&エリクソン、市民ロビー団体のオープン・インターネット・コーリションなどの参加が確認されている。議論の内容はトラフィック規制から携帯電話によるデータ通信サービスまで、意見募集で示された項目を問うものとなっている。
ロビー活動の一環として利害関係者とFCCが意見交換を行うことは珍しくない。しかし、FCCが複数の当事者に呼びかけ、1カ月以上にわたって会議を続けるのは異例と言える。しかもその議事録は、FCCにしては珍しく内容を伏せた不透明なものとなっている。
窮地を脱して規制強化を実現したいというゲナコウスキー委員長の意欲は理解できるものの、ブロードバンドのオープン化戦略を議論するため、逆にFCCが主導して非公開の議論を繰り返す姿勢に、業界専門家や識者はまゆをひそめた。
結局のところ6週間にわたって議論を重ねても、当事者間の合意は得られなかった。グーグルとベライゾンが合意とのニュースが出た直後、FCCが会議を打ち切ったからだ。合意に関する報道の中身に確証がなく要領を得ないことと、記事が出たタイミングがFCCの会議打ち切りと一致していたこともあり、業界関係者の間では「FCC委員長の強引な態度を嫌った関係者が、メディアを使って情報を流し、議論が進まないよう妨害したのではないか」との推測も飛び交っている。
■ 避けて通れない中立性確立と規制
ネットワーク中立性の確立とブロードバンド規制の強化は、米国の通信・放送業界の今後のために避けては通れない最重要課題と言える。ブロードバンド政策を成功させればゲナコウスキー委員長は、後世に名を残すことになるだろう。とはいえ、同委員長による性急かつ強引な政策運営が、必要以上の混乱を招いていることは間違いない。政府スタッフや業界関係者との対話を軽視して突き進む同氏に、自重を求める声は水面下で増えているようだ。
通信・放送行政では、迅速な制度設計や行政改革が求められる。そのためにFCCには業界との十分な対話が必要だが、ここで透明性が欠如すれば大混乱となる。正式発表すらないグーグル・ベライゾン合意のニュースに右往左往するFCCと通信・放送業界の姿は、その弊害をまさに露呈している。
もちろん、これは米国だけの問題ではない。オバマ民主党政権の看板として強引な政策を進めるFCCの状況は、民主党政権がブロードバンド政策を進める日本にも「透明な政治」の重要さを示唆している。たとえ日本が米国と同様にブロードバンド規制の強化に向かうとしても、その成立過程を含めて、慎重な分析や議論がなされなければ、適切な制度としては機能しないだろう。
(注1) この裁判は08年8月1日、「ネットワーク中立性ガイドライン」に抵触するとして、FCCがP2Pトラフィック規制を行った米CATV最大手のコムキャストに業務改善命令を示したことが発端となっている。この命令はネット中立性推進派の勝利として当時大きく報道されたが、09年7月27日、コムキャストはコロンビア特別地区連邦巡回控訴裁判所に「準拠すべき法律や規制がないままにFCCが命令を下し越権行為を行った」と訴えた。そして同裁判所はコムキャストの訴えを認め、FCCは10年4月6日に敗訴した。裁判で負けたことにより、FCCはブロードバンド規制の法的根拠を持たない状況に立たされた。
(注2) 10年5月24日、民主党の下院議員74人がFCCにブロードバンド規制導入に関する反対の書簡を送っている。民主党の長老議員として有名なジョン・ディンゲル下院議員も、FCC委員長が進めるブロードバンド規制強化に対して「同提案は法的に問題があり、ブロードバンド投資にも非常に大きな悪影響を与える」と反対の意思を表明した。背景には「ブロードバンドへの規制は連邦議会の仕事であり、FCCが勝手に進めるべきことではない」というFCC委員長への不信感がある。
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( 日経ネット 2010年8月掲載 )