ブロードバンド規制の導入で岐路に立つ米国
レポート:小池良次
ここ1カ月、米国のインターネット関連業界は「ネットワーク中立性」と呼ぶ問題を巡り大騒ぎとなっている。米連邦通信委員会(FCC)が通信やCATV業界などへの規制強化を狙い意見募集を進め、グーグルなどの推進派とAT&Tなどの反対派が激しく対立し始めたためだ。FCCはこれまでにない強硬な姿勢で、規制強化へと向かっている。
■ FCCに敗訴判決の衝撃
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| 米FCCが規制への意見を募集している公式サイト「オープンインターネット.GOV」 |
4月初め、FCCは窮地に陥った。コロンビア特別地区連邦巡回控訴裁判所がFCCのネット中立性規制を否定する判決を出したためだ。FCCはかねてからインターネットの中立性や公平性を確保するための規制導入を推進してきたが、その法的根拠が揺らいだのである。
まず、裁判の経緯を簡単に説明しよう。市民ロビー団体のFree PressとPublic Knowledgeは2007年、米CATV最大手のコムキャストが提供するブロードバンドサービスで、ファイル共有ソフトを使ったP2P(ピア・ツー・ピア)通信を「不当に遮断している」とFCCに訴えた。これを受け、FCCはコムキャストへの調査を実施し、08年8月1日に「ネットワーク中立性ガイドライン」に抵触するとの判断を下した。このときコムキャストはFCCの改善命令に従い、対立はネット中立推進派の勝利に終わったかに見えた。
しかし、その後コムキャストはFCCの改善命令に異議を申し立て、09年7月27日にコロンビア特別地区連邦巡回控訴裁判所に「準拠すべき法律や規制がないままにFCCが命令を下し越権行為を行った」と訴えた。これに対し、同裁判所が10年4月7日、コムキャストの訴えを認める判断を示したのである。
■ 「分類変更」を巡り衝突
FCCのジュリアス・ゲナコウスキー委員長は3月末、ネット中立性規制を含むブロードバンド政策「全米ブロードバンド計画」を議会に提出したばかりで、FCC敗訴はこの動きにも水を差すこととなった。しかし、FCCは公式サイト「オープンインターネット.GOV」(www.openinternet.gov)でネット規制に対する意見を広く募集し、ブロードバンド政策の抜本的な見直しを推し進めようとしている。
ネット中立推進派も動き出した。連邦控訴裁判所の判断を受け、グーグルやティーボ、スカイプ、Public Knowledge、Free Pressなど約80社・団体が支援するロビー団体Open Internet Coalition (OIC)は記者会見し、判断の根拠となった「ブロードバンドの規制分類」を変更するよう主張した。米国では現在、インターネットプロバイダーおよびサービスは通信法上の情報サービス分野(Title I)に分類され、規制対象外となっている。これを固定電話や携帯電話と同じ通信サービス(Title II)に分類変更し、通信並みの厳しい規制をかけるべきという考え方だ。
実際FCCはこの分類変更を実施するための具体的な手段を検討しており、そのなかで浮上しているのが「ユニバーサル・サービス基金」の改革を利用する案だ。この基金は音声電話サービスを対象としているが、全米ブロードバンド計画にはそれをブロードバンドに拡張する改革案が盛り込まれている。この改革の一環としてFCCは、インターネットの規制分類も見直そうとしている。
これに対し、ブロードバンドインフラを保有する通信・CATV業界は当然反対している。
■ 緊急記者会見で反対表明
OICの記者発表の数時間後、AT&TのRobert Quinnシニア・バイス・プレジデントは緊急記者会見を開き、「ブロードバンドをTitle IIに変更する必要はない」との意見を表明した。これに続き、通信機器業界団体TIA (Telecommunications Industry Association)やCATVの業界団体NCTA (National Cable & Telecommunications Association)、携帯電話業界団体CTIA (The Wireless Association)などが相次いで反対する声明を出している。
大手ネット事業者はFCCを支援する一方、通信やCATV業界、通信機器業界は一致して分類変更に反対している。しかし、FCCはブロードバンド規制の強化を積極的に進める姿勢を堅持しており、4月29日には各通信業界団体とAT&T、ベライゾン・コミュニケーションズ、タイムワーナー・ケーブルが連名で、FCC委員長宛ての公開レターを発表する状況に至っている。
■ 拙速な改革で投資意欲削ぐ恐れも
本来であれば、ネットワークの中立性や透明性確保などオープンなインターネットのあり方を巡る議論は、ゆっくりと時間をかけて戦わせるべき重要な問題といえるだろう。通信やCATV業界は「ブロードバンド規制という大きな制度変更は96年改正通信法の再改正で実現すべきもので、FCCのブロードバンド振興策の一部に含めて実現すべきではない」という正論を唱えている。
しかし、コムキャストがFCCに徹底対決を挑んだことで、いまネットサービス業界と通信・CATV業界は本格的な対立状態に陥り、ゲナコウスキーFCC委員長は強行突破の姿勢を示している。このままで行けば、十分な議論と対応期間がないまま「ブロードバンドへの本格な規制導入」が実現することになるだろう。
放送や通信サービスの基盤としてブロードバンドは重要性を増しており、長期的視野に立てば「規制なし」とはいかない。しかし、無線にせよ光にせよブロードバンドネットワークは、通信・CATV業界の巨大な設備投資なしでは進まない。強引な規制の導入は混乱とトラブルを招くことになり、企業の投資意欲を削ぐことになる。米国は厳しい岐路に立っている。
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( 日経ネット 2010年5月掲載 )